井ノ原の言いたいこと ~日本の教育について~

教育について考えたい。そんなブログです。Twitter→@kyoushinotameni

濃厚接触者となった子ども。

四連休をどうお過ごしでしょうか。

どうも井ノ原です。

とうとう私の勤務先の学校でもコロナの魔の手が迫って参りました。

発熱者も多くでており、休みが目立ちます。

 

今回は勤務先でも実際に起こった、保護者がコロナに感染した場合を考えていきたいと思います。

 

保護者がコロナに感染した場合、選択肢は2つあります。

①生徒に症状はないので黙って行かせる。

②学校に報告し、濃厚接触者である当該生徒を出席停止にする。

①の場合は論外ですが、実際にあり得るパターンでしょう。保護者がコロナかどうかなんて学校は知りません。

 

②の場合がほとんどだと思いますが、当該生徒は症状があってもなくても濃厚接触者にあたればPCR検査を受け、結果がでるまで出席停止になるわけです。

陽性なら二週間出席停止、陰性なら学校にくることができます。

 

ここで問題なのは保護者が感染した場合の生徒の生活です。片親の家庭や一人で生活するのが難しい小学生はその間どうやって生きていくのでしょう。

仮に当該生徒がPCR検査で陰性だったとしても、感染した保護者が自宅療養になった場合、当該生徒は学校に来てもいいのでしょうか?それとも学校には来れないのでしょうか。毎日PCR検査をして、陰性なら登校というようにするんでしょうか?

 

今感染がどんどん広がり、保護者や近所で感染した人も増えたことでしょう。

濃厚接触者と認定されたとき、陰性だとしても学校を休み、結果がでるまで登校禁止になります。

陽性者と濃厚接触の関係を断てれば良いですが、(親戚の家で暮らす等)それによって学校から通えない距離に移動してしまう可能性もあります。

一時保護というシステムもありますが、学校へは通えないでしょう。

 

このややこしさを解決するのは簡単です。

オンライン授業です。

ひいては登校選択制です。

 

子供の学びを保証したいのであれば、もうオンライン授業しかないのではないでしょうか。

 

 

学校でクラスター 

学校でクラスターが発生しましたね。

今回のクラスターは認められたのでしょうか。

 

何度も訴えていますが学校で感染が広がるのは当たり前のように思います。

生徒全員が先生の言うことを聞くわけではありません。

マスクをつけろといってもその場でつけてもすぐ外す生徒は一定数います。

休み時間なんてつけている生徒のほうが少ないのでは?と思うほどです。

 

私は比較的若いのでかかってももしかしたらすぐ復帰できるかもしれませんが、再任用のおじいちゃん先生や、校長先生、50代ベテラン教師が感染した場合すぐ復帰できないかもしれません。

 

私が入院するよりもベテラン教師が入院するほうが学校としては痛手でしょうし、副教科などの1つの学校に一人か二人しかいない教科の先生が感染したら授業ができなくなります。

現在、20代の感染が目立っていますが、そこから広がるのは時間の問題でしょう。

20代が多いから重症化率が低いだけで広がっていけば増えていくことも考えられます。

 

何度でもいいます。

コロナに対する経済の基準と、学校の基準を分けてください。

そこまでして休みが少なく、行事も中止で、学校に登校させ、40人で、詰め込み授業をする必要がありますか?

 

せめて

休みが少ない→休みの確保

行事中止→簡易版でもいいので実施(明確なガイドラインの提示)

強制登校→登校選択制

40人授業→20人授業

詰め込み授業→内容の取捨選択による軽減

このどれかを最低2つ実践すべきでしょう。

 

オンライン授業が実施されれば、密な教室は回避できます。

先のことも考えればはじめは逆に時間がかかるかもしれませんが、オンライン授業であれば、一人で40人以上の生徒に向けて授業を展開できます。

そうなれば、コマ数が減るので先生の負担は軽減されるはずですし、一斉に進むのでクラスによる進度の差や、空いている先生が質問対応者として参加すれば細かい対応もできます。

 

内容の取捨選択については、学校によってカリキュラムが違い、高校で言うならば、三年で習うことを二年で習ったり、順番を入れ換えて学習する場合もあります。削ったところを先にしていた場合、結局詰め込むことになりますし、正直学校再開されてから言われても手遅れな部分は大きいです。また削った部分はしなくてもよいのか?という話にもなります。

 

先日安倍総理が「感染症をはじめ、今後、どのような事態が生じたとしても、子どもたちの学びを確実に保障できる教育システムを構築していくことが必要だ」と発言した模様。

なにを今さらという気持ちが強いです。

日本は災害が多い国です。

梅雨で洪水が起き、台風は毎年のように甚大な被害を出し、数年に一度大規模な地震が襲います。他にも雪や異常な暑さなどありとあらゆる災害が襲ってきます。

 

今回は感染症ですが、子どもたちの学びを確実に保障できる教育システムを構築を東日本大震災西日本豪雨台風19号の経験から必要だと感じなかったのでしょうか。

 

なにもかも遅い。

 

人材育成に力を加えないと、日本の強みはなくなる一方であるのに。

 

 

 

 

 

 

軽症で済むからなんなんだ。

学校や家庭でこういわれなかっただろうか。

友達を殴ってはいけない。

女の子を叩いてはならない。などと。

 

暴力が良くないということをみなさんはよく知っていると思います。

それはなぜですか?

怪我したら危ないから?

よく失明したらどうするの!とかお腹に大切な臓器があるから!とか言われましたよね。

倫理的な問題?

殴るという行為そのものが悪だからという考え方ですね。

法律違反だから?

暴行罪、ひどい場合には傷害罪に該当する可能性がありますよね。

 

怪我しないなら殴っていいわけでも、ばれないなら殴っていいわけでもない。

この辺りはおそらく共通認識だと思います。

 

では新型コロナウイルスはどうでしょう。

うつさないほうがいいことをみんな知っています。

それはなぜですか?

 

重症化する可能性があるから?

子供は軽症で済むかも知れませんがだからって感染しないにこしたことはないですよね。

 

社会環境的な問題?

家に高齢者がいる人、基礎疾患がある人、妊娠している人には絶対に感染させてはいけませんよね。

 

法律違反だから?

実際にコロナであることをわかっているのに隠したり、迷惑をかけて社会的制裁や条例違反になった人がいますよね。

 

軽症なら感染していいわけじゃないし、風邪だったとしても感染しないにこしたことはない。

ここはなぜ共通認識にならないのでしょうか。

わざわざ自らの選択で密なところにいく。

国は旅行を推奨する。

GoToキャンペーン自体はいい案だと思います。

でも今じゃない。

みんながみんなそんなリスクをかけて旅行にいきたいわけじゃない。

そもそも子どもは旅行にいく暇がない。

行くことができるのは、高齢者や子がいない社会人、もしくは子が未就学児である家族や大学生くらいだろう。

本当にGoToキャンペーンを成功させたいのなら、

夏休みは普段通りの長さで実施すべきだ。

それなら家族連れも旅行する。

お盆に集中することもない。

密も多少は避けられるだろう。

経済効果はもっと期待できるはずだ。

 

コロナを風邪だと言う人は

他人の顔を叩くのか。お腹を蹴るのか。

そんなことはしないだろう。

たとえ軽傷だとしても。

 

学校で新型コロナがでたら。

学生や教師にコロナがでたときよく濃厚接触者なしと書かれる。

私は濃厚接触者をどう決めているか気になる。
感染した当人に誰と話したかとかいちいち聞くのか、それともクラスメイトのほうに感染者と話したかとか聞くのか、両方か。
クラスメイトと教科担当教師のPCR検査は最低限すべきだろう。

なんでしないの?

 

実施できるPCR検査数が足りないから?

→そもそもそんな状態で経済再開できるか疑問

 

濃厚接触者ではないから?

→海外では空気感染も可能性があるといわれています。濃厚接触者でなくてもクラスメイトが感染者していたら不安になるだろう。その子供や保護者の不安を拭ってあげられないのか。

 

しかももしでたとしても休校しない学校がある。

感染を広げたいのか。

自分が感染者かもしれない、隣の子が感染者かもしれない、と思いながら過ごす学校生活は豊かか?

 

私の勤務先の学校でも休みの人が増えた。

発熱で休む人もいる。母親がナースで、母親が発熱しPCR検査を受けるから結果がでるまで休むなんてケースもでた。

 

職員室で咳が聞こえるだけでまさかっとなるくらい神経質になってしまっている自分がいる。

マスクを着けない生徒も増えた。

雨のせいで湿度が尋常じゃないからつけてられないのもわかる。

少しずつまわりの危機意識が低下してる。

ウイルスはこの隙を見逃さないだろう。

 

だからこそ今、まだ少し余裕のあるうちに、落ち着いて家族間で話をしてほしい。

コロナがでたらどうするかを。

その話し合いはもしかしたら意味がないかもしれない。

もしかしたら明日に意味を持つかもしれない。

混乱しないためにも、一度話し合ってみてください。

 

Gotoキャンペーンこと、コロナばらまき大作戦が実施されませんように。

コロナが各地に拡散されて、また休業せざるを得ない状況になったら倒産数はぐんっとあがるだろう。

子供は夏休みほとんどないから旅行にいけないだろう。

まわりの大人は旅行にいくしその様子はニュースにもなるだろう。それを見たいけない子供はどう感じるだろうか。

少なくとも教師である私はストレスがすごいです。

たまり続けるストレス。

いつかおかしくなってしまうんだろうか…

 

 

 

教育の腰が重すぎる。

昨日、大阪のコロナ対策が更新され新しくなりました。

東京での感染拡大や寝屋川市のオンライン授業、こどもや若者の感染が確認されつつあるならどのようなものになるか期待していました。

 

しかし結果は裏切られる形になりました。

まず、第2波、第3波がきても一斉休業にしない。分散登校やオンライン授業等で対応する。と大きな文字で書かれています。

正直引きました。

オンライン授業で対応ってそんな設備どこにあるんですか?

調べると大阪は10月までに設置完了を目指すそうですがもう感染は広がりつつあります。

子供が重症化しにくいのは確かでしょう。

しかし、ウイルスの媒介者になることはもうわかっています。

後遺症のような症状が確認されつつあります。

それなのにまだ寝言のような対策しか打ち出さない。

専門家って人間のぬくもりや感情を捨てた人しかいないの?と疑いたくもなります。

 

大阪の日曜日の検査数は274件、陽性者は6人。

少なくないですか?

これでなんとかなると思っているんですか。

基準の話をするならそれに納得できるだけの検査数にしてほしい。

私は基準が変わるのは仕方がないとおもう。

新しい情報が日々更新され状況は変化しているからだ。

でも274人しか検査しなかったら基準どうこうの話以前の問題だろう。

さらに問題は学校活動の目安である。

レベル3(赤)(非常事態)でも部活は気をつければしてもいいらしい。なぜ?土曜日も授業があって放課後は消毒もしていつそんな暇があるんだ。

またレベル3(赤、非常事態)とは重症病床数が70%以上の場合を指す。この段階に入ってやっと分散登校やオンライン授業を活用するようである。

遅すぎるとは思わないだろうか。

感染を広げているのが自分かも知れないと子供が思うようになってしまったらどうするのか。

休校にする心身の不安を考えるなら、コロナ禍で登校する子供の心身についても考えてほしい。

気楽なはずがない。

教師への配慮もない。

教師が倒れたら学校どころの騒ぎじゃないですよね。

 

また一斉休業しない理由が2つあげられており、

①休校では流行阻止が乏しい。

②休校することで働けない医療従事者が増え、コロナの死亡率が高まる       ということだ。

①に関しても突っ込みたいことはあるのだが私が気になったのは②だ。

休校することで働けなくなる医療従事者が一体どれくらいいるのか。

預けられる親戚がいなくて、年のはなれた兄弟もいなくて、一人で留守番するのが困難な子供をもつ医療従事者。

そこを不安に思うならもっと別の可能性を懸念すべきだろう。

自治体はできない理由を探すのが大好きだ。

これではまるでそういった医療従事者のせいにしているようなものじゃないか。

 

②に関して言えば、例えば休校にする非常事態だから学校を避難所に指定して一時預かり所として機能させる。登校選択制を実施するなどすれば解決できる。

逆に分散登校だと午前と午後の入れ替わりが激しく、そんな医療従事者が毎日午前だけ休んだり午後だけ休んだりと柔軟な働き方ができるのかと言えばNOだろう。

結局分散登校にしたところでそうゆう医療従事者は休まないといけない。

②の理由の整合性がつかない。

 

つまるところややこしいことはしたくないという思いの表れだと感じてしまった。

http://www.pref.osaka.lg.jp/kikaku_keikaku/sarscov2/20kaigi.html

 

政府は緊急事態宣言はださない。

出さないからなんとなく気が緩む。

緊急事態宣言はただの注意であり強制力はなく、休業要請もセットではない。

大雨でも注意報や警報、特別警報がある。

緊急事態宣言が特別警報ならその手前の宣言や注意報をだすべきなのでは?

自治体独自の指標ではなく国がだすべきでは?

経済優先はわかった。

その必要性はわかる。

でも経済と医療と教育はわけて考えないといけない。

・経済活動に関する指標。

(休業、在宅ワーク推奨の判断など)

・医療活動に関する指標。

(休業、通常業務をするかの判断など)

・教育活動に関する指標。

(休校、分散登校の判断など)

 

経済活動と医療活動と教育活動の指標が同じなのはおかしくないだろうか。

すべて目的が違うのだから。

 

この国の腰は重すぎる。

結局コロナ流行前となんにも変わってないじゃないか。

 

 

 

とうとう100人。

東京でとうとう100人越えましたね。

当然といえば当然ですね。

自衛といえば聞こえはいいかも知れませんがようするに丸投げですからね。

自粛ムードも徐々に無くなりはじめていた矢先に100人を突破。

ディズニーランドも再開しましたし不安です。

また鹿児島でもクラスターが発生したようですし、全国で感染が拡大するのも時間の問題でしょう。

いつまで自衛させるつもりでしょう。

ただこのコロナ対策を見て、もう自治体をあてにしない人も増えたのでは?と思います。

そうゆう意味では私たち自身がしっかり考え、時に立ち上がって声を上げるしかないのかもしれません。

自衛のために行動するわけです。

今のままではこどもの場合、自衛もできない。

だから私は登校選択制実施のための活動しています。

早急に自衛の術を与えてほしい。

 

一斉休校を繰り返すだけでは根本解決にならない。

逆にこのまま登校させ続けても、こどもがウイルスの媒介者になってあちこちに撒き散らしたり、教員が感染し、学校運営が機能しなくなる可能性だってある。

想定できない可能性でもないだろう。

現在、オンライン等の対策はすぐ実施できる状況にない。

すべてが遅い。そして鈍い。ウイルスは待ってくれない。

 

鈍いといえばPCR検査数と濃厚接触者の定義である。

今でもマスクをしていたら濃厚接触者じゃないというガバガバな裁定をし、PCR検査を絞る。

 

検査を絞るから検査を受けることに抵抗が起きるのではないか?

人口に対して検査数が少なすぎるから陽性者がでたときに悪人のようにうつる。

大袈裟に言うと10000人検査して陽性者は100人でした。というのと、100人検査して陽性者は1人でした。

では確率は同じでも見え方全然違う。

後者のほうが本人も責任を感じるだろうし、犯人捜しのようなことが起こる。

 

コロナ差別なんて言葉は、すぐPCR検査が受けられる状況にあり、1日に何千人単位で検査すればなくなるのではないだろうか。

 

みんなが受けられないからPCR検査を受けただけで、コロナではないかと疑惑の目を向けられ、有名人は優遇されているなどと疑心暗鬼になる。

積極的に検査した、と言うからまた反感を買う。

常に積極的であるべきであろうと。

 

感染者の数もそうだが、PCR検査数の数にも注目していきたい。

 

学校の託児所化

私が一番最近、授業中に注意したことは「歌うな」です。もちろん音楽の授業ではありません。

高校生になってこのレベルの注意をしなければならない。

話を聞けない生徒も多い。

この前も同じ説明(ファイルの表紙の作り方)を同じ授業中に五回もしました。

 

正直、小学校や中学校でなにを学んだのか。

この状況でなぜ卒業させることができるのか。

ますます教育に対して不信感か募ります。

 

今、学校を託児所や保育所感覚に思っている保護者が増えていると感じています。

休校だと子供が家にいて仕事に行けない。とか

在宅ワークもこどもが家にいるとはかどらない。とか

はっきりいいますが、保護者の仕事が円満に進むために学校があるのではありません。

土日の部活動に関してもそうです。

部活がないと子供が家にいる時間が長い。とか

部活にいってもらわないと自分の時間がない。とか

そんな理由のために部活があるのではありません。

 

学校は「勉強するところ」「自分の考えを深めるところ」です。

そして学校の先生は勉強を教える人、成長の手助けをする人です。

喧嘩の仲裁人でも保育士でも便利屋でもありません。

 

登校選択制の反対意見としてよくでてくる生活リズムの乱れなんて家庭でどうこうする問題の最たる例だと思います。

 

なんでもかんでも学校、ひいては先生に押し付けないでいただきたい。

学校は子供が安心安全に学べる場でなければならないので、危険なことがあれば注意したり防ぐように精一杯努力します。

でもそれは放課後に何時間も学校にいていいというわけでも、朝7時すぎから学校に来ていいというわけでもないです。

早く来て怪我をしたり、遅くまで残って怖い思いをしたとしても、それが学校内だったとしてもなぜ先生の責任になるのでしょう。学外の場合でも学校の責任を問われる場合がありますよね。私の地元でも、夏祭りの時期になると学校の先生が見回りをしていましたし。

 

テーマパークで、開園前に入った人が何かトラブルに巻き込まれても謝るのはテーマパーク側ですか?

スーパーの閉店後も帰らない客に帰れというのは問題ですか?

 

学校が家庭に足を踏み入れすぎたこと。

家庭が学校に求めることが高くなっていること。

 

その結果先生の業務は膨大に増え、授業を作ったり勉強する時間を削り、便利屋として超勤を繰り返す。

完全下校時刻が教師の定時より一時間も長いことに疑問を持ちませんでしたか?

朝、正門をあける時間をちゃんと決めませんか?

学校は24時間年中無休じゃないんですからちゃんと決めましょう。

 

 

学校も家庭ももっと子供をよく見てください。

なんでもかんでも学校に求めたり、保護者の顔色を伺うのはやめましょう。

 

少なくとも、学校に子供を預ける・学校は子供を預かるという表現や感覚が私にはよくわかりません。